レポート

世界で初めてのチョコレート料理、“モレ・ポブラーノ”

2020.09.13
少し前から日本でもカレーにチョコレートを入れるとコクが出て美味しくなるという話は聞いたことがある人も多いかと思います。
今から約500年前、メキシコでチョコレート入り料理が開発されました。それが、“モレ・ポブラーノ”です。今も変わらず、メキシコでは食べられています。
メキシコ人に最も代表している、メキシコ伝統料理と言えばと何?と尋ねると躊躇なく「モレ」と答えることが多く、特にモレ発祥の街オアハカとプエブラ周辺は言うまでもありません。
モレの歴史と進化、特徴と品種、食事における役割、そしてアイデンティティなど、メキシコの歴史から、日本ではまだ馴染みがないメキシコ伝統料理を考察したいと思います。

歴史的背景



メキシコは1519年スペインに侵略される以前、古代メソアメリカ時代から、冠婚葬祭や収穫など特別な儀式に捧げられるお供え料理としてモレは使用されていました。メタテ(石皿)とマノ(石の棒)という石製の調理道具を使って、さまざまな種類の唐辛子、トウモロコシなどをすり潰し、長い時間ゆっくり煮詰めて作られる、とても手間がかかる料理でした。先住民はその料理をmulli(ムリ)と呼んでいました。現在でも、モレソースとは、様々な食材をペースト状にしたソースのことを意味します。語源として「moler=すり潰す」から派生したものと言われています。
トルティーヤやチョコラテ(チョコレートドリンク)を作る際にもトウモロコシ、カカオ豆やシナモン等をすり潰すため、現在もなお生活に欠かせない調理道具のひとつとして利用されています。

世界で初めてのチョコレート料理、“モレ・ポブラーノ”
メタテとマノ

古代メソアメリカでのモレは、トルティーヤを浸すために食され、鶏肉などは入っていませんでした。当時、肉類は地位の高い人のみ食べることが出来る食材だったからです。庶民は特別な日しか食べることが出来なかったのですが、カボチャの種やその他ハーブ等が含まれ栄養価が高く、健康食としても親しまれてきました。これが元祖モレ料理、Mole Amerillo (モレ・アマリヨ)。スペイン語で黄色のモレという意味です。伝統文化の残る街、オアハカでは今もなお食べられています。

世界で初めてのチョコレート料理、“モレ・ポブラーノ”
↑モレ・アマリヨを再現したもの。確かに黄色っぽい。
*古代メソアメリカでは、お肉とご飯はついていません。
丸いものがトウモロコシの粉を練って作った団子、ミニトルティーヤみたいなもの。こちらも一緒にモレソースと煮ました。

元祖モレは、カカオは入っていなかったそう。なぜなら、カカオは儀式上の重要性があり、調味料として使用されていなかったためだそうです。

世界的に有名になったチョコレート入りモレソース、モレ・ポブラーノはどのようにして出来たのでしょうか?



16世紀にスペインに植民地化されて以降、アステカ神殿は徹底的に破壊され、先住民にもキリスト教やスペイン文化が否応なしに押しつけられることになりました。1681年、メキシコを新スペインにすべく一体を統治していたスペインの法廷から到着した重要な人物、副王をプエブラに迎えいれることになった際、サンタローザの修道女、シスター・アンドレアは、彼を喜ばせるため斬新で新しい料理を考えるよう命じられました。
メキシコ全体は温かいイメージがあるかもしれませんが、実はプエブラは標高2,000m以上の高地にある都市。副王が迎い入れる時期は10月で最低気温10℃以下になることもあったため、シスター・アンドレアは、温かいシチューのような料理がよいのではと考えました。何度も試行錯誤を重ね、スペインが持ち込んだ世界中の様々な食材と掛け合わせて出来たメキシコのおもてなし伝統モレ料理を、蒸した七面鳥にたっぷりかけて出来た料理が、モレ・ポブラーノでした。副王はこのおもてなし料理を大変喜び、何回もおかわりをしたそう。
誕生秘話のある一説には、“彼女が神聖なインスピレーションを得て、ある沈黙の誓いを破ったことによって見事な香りが生まれた“とあるそうです。もしかしたら、儀式上の重要性があったカカオを、あえて調味料として使用するという掟破りなことを行ったことで生み出された味は、神様からの贈り物だったかもしれませんね。

世界で初めてのチョコレート料理、“モレ・ポブラーノ”
モレ・ポブラーノが生まれた厨房

それまでモレ料理は各家庭で作られており、レシピが残されていなかったのですが、この時初めてレシピとして記録されました。
完成されたモレ・ポブラーノは、後にメキシコの食材と世界の材料の出会いによって作られた料理ということで、5つの大陸で最初の国際料理だと考えられるようにもなりました。

チョコレートが入っていたり、入っていなかったり、、、

果たして、モレの定義はあるのでしょうか?



メキシコの国立の医学栄養研究所の研究者によると、それぞれモレには特徴があり、正しいとされる比率はなく、一部の材料は省略されたり、比率が変わったりする場合があります。 例えば、プエブラの”モレ・ポブラーノ”は平均20種類の材料が使われていますが、オアハカのモレは30種類を超える材料を含む場合があり、地域や作る人によって様々ですが、一般的にモレに使われる材料の成分は、下記5つの項目を満たしたものと示されています。

  • 辛味(アンチョ、パシージャ、ムラート、チポトレなどの唐辛子1つ以上)
  • 酸味(主にトマト)
  • 甘味(ドライフルーツや砂糖)
  • 香り(黒胡椒、クミン、クローブ、アニス、ニンニク、ゴマなどの香辛料や調味料)
  • トロみ(ナッツ類やトルティーヤ、パン、ビスケットなど)
これら5条件を満たせば、モレと呼ばれています。
そして、そのモレに使われている食材の半分以上は、植民地化した後、スペイン人が持ち込んだ食材だと言われています。

スペインによって入ってきたモレソースに使われる主な食材はどこからやってきたのでしょうか?



バナナ、レーズンなどの果物は、市場でよく見られるため、メキシコがもともと原産国と思われますが、それらは主に16世紀から18世紀の間に異なる大陸から来て、歴史の過程からメキシコで栽培されるようになりました。

まとめた資料があるのでご紹介します。

主なモレ原料および国内栽培開始時期

名称 原産地 持ち込まれ農作され始めた年代(16~18世紀)
バナナ アジア 1520~
レーズン コーカサス 1520~
ニンニク アジア 1530~
アーモンド アジア 1530~
中国 1530~
ユーラシア大陸 1536~
アニス 地中海 1580~
玉葱 アジア 1580~
アプリコット 中国 1580~
コリアンダー 南ヨーロッパ 1580~
ウォールナッツ ヨーロッパ、アジア 1580~
オレガノ ヨーロッパ、アジア 1580~
胡麻 アフリカ、アジア 1600~
クミン 地中海 1750~

世界の様々な大陸から食材が伝わるとともに、季節、質感、香り、味など、メキシコの地域や文化によって異なるモレが作られるようになり、さらに、モレの味を豊かにし、多様化していきました。

重要材料、唐辛子(チリ)について



モレソースにとって、一番需要な材料、唐辛子。メキシコ人にとって、唐辛子は無くてはならない食材です。私達が思っていた以上に、メキシコ国内では様々な唐辛子が栽培、販売されています。特に唐辛子について興味深かったことは、メキシコでは、生の唐辛子を様々な方法で乾燥するのですが、その度合いや方法によって、名前が変わるのです。

現在、メキシコ国内では数えきれないほど、モレの種類があるので、今回研究のために訪れたプエブラとオアハカでよく見かけたモレに使われている唐辛子5種(この5種はメキシコでモレに使われる唐辛子トップ5)にフォーカスして、どのような名前に変化し、どの種類のモレに使用されているのかご紹介したいと思います。

フレッシュ唐辛子名 乾燥唐辛子名 モレ種類 地域
Poblano (ポブラーノ) Ancho(アンチョ)
Mulato(ムラート)
Miahuateco(ミアワテコ)
Charro (チャロ)"
Coloradito(コロラディート) オアハカ
Rojo (ロジョ) オアハカ、プエブラ
Amerillo (アマリヨ) オアハカ
Poblano (ポブラーノ) プエブラ
Negro (ネグロ) オアハカ
Poblano (ポブラーノ) プエブラ
Mirasol (ミラソル)
Puya (プジャ)
Costeño (コステーニョ)"
Guajillo (グアヒーヨ)  Coloradito(コロラディート) オアハカ
Rojo (ロジョ) オアハカ、プエブラ
Amerillo (アマリーヨ) オアハカ
Chilaca (チラカ) Pasilla (パシーラ)  Poblano (ポブラーノ) プエブラ
Negro (ネグロ) オアハカ
Rojo (ロジョ) オアハカ、プエブラ
Serrano (セラーノ) Serrano (セラーノ)
Morita (モリタ)
Verde (ベルデ) オアハカ、プエブラ
*黄色塗りつぶし:モレ料理に使用する乾燥唐辛子TOP5

唐辛子は多くの色や形、大きさがあり、熟成度、乾燥方法でも味わいが変わります。燻製しながら乾燥する唐辛子もあります。単に辛味だけではなく、フルーティやフローラルからスモーキー、ナッツなど様々な香りがあります。また味わいの特徴としては、大きく肉厚の品種は、小さく皮が薄いものよりもマイルドな傾向があり、メキシコ人は、フレッシュと乾燥、その両方を巧みに操ります。

世界で初めてのチョコレート料理、“モレ・ポブラーノ”

特によく使われるフレッシュ唐辛子”ポブラーノ”は、サイズが約20cmあり肉厚で濃い緑色をしています。このフレッシュ唐辛子”ポブラーノ”から、アンチョ、ムラート、ミアワテコ、チャロという4種の乾燥唐辛子が作られます。これらは、乾燥度合いによって、それぞれ味わいや香りが変わるので、解りやすいように、それぞれ違う名前が付けられています。

モレ・ポブラーノという名前は、フレッシュ唐辛子のポブラーノを多く使うためメインの唐辛子でもあるポブラーノの名前が付けられました。世界的に知られているモレ・ポブラーノは、チョコレート入りのモレ料理としてとても有名ですが、その他にも、例えばオアハカの“Mole・Rojo(モレ・ロジョ)”やベラクレスの“Mole・De・Xico(モレ・デ・シコ)”などにもチョコレートが使われています。

モレソースに使われるチョコレートはどんなチョコレート?



モレソースに使われるチョコレートは基本的に、メキシコで飲まれているチョコラトル(ドリンク用チョコレート)と一緒のものを使用します。

世界で初めてのチョコレート料理、“モレ・ポブラーノ”

モレ料理に使うチョコレートもそれぞれ好みに合わせて、お店で材料を調合してもらったり、または、カカオ豆や砂糖なしのカカオペーストだけを購入して自分で調合したりと様々です。
メキシコのカカオ豆品種は、最近ではフォレステロ種とトリニタリオ種が多くなりましたが、原種はクリオロ種と言われており、発酵もしないことが多いため、酸味やフルーティな香りはあまりありません。(カカオの品種についてはこちらから、その代わり、シナモンは入れるので、スパイスの香りが効いています。モレソースを作る時は、チョコレートに入っているシナモンを考慮して、スパイスの量を調整します。

レストランでは定番のメニューですが、メキシコ人にとってモレ料理は、とても手間がかかるため、家庭ではあまり作られていません。今もなお特別な日に時間をかけて作り、皆で食べる料理なのです。

では、どのくらい手間がかかる料理なのでしょうか?



ここで、モレ・ポブラーノに使われる一般的なモレソースの材料をご紹介します。

世界で初めてのチョコレート料理、“モレ・ポブラーノ”
現在のモレ・ポブラーノは、七面鳥より鶏肉が主流。
鶏の骨付きモモ肉にたっぷりモレソースをかけて、お米と一緒に食べます。

モレソース材料

【辛味】
・チリ・ムラート
・チリ・パシージャ
・チリ・アンチョ
・チリ・チポトレ
・チリ・メコス
【酸味】
・トマト
【香り】
・にんにく
・コリアンダー
・アニス
・胡椒
・クローブ
・シナモン
・チョコレート
【トロみ】
・トルティーヤ
・パン
・アーモンド
・ラード
【甘味】
・レーズン
・砂糖

上記ご紹介したモレソースの定義に合わせて、カテゴライズしてみました。
チョコレートは香りのカテゴリーに入れていますが、カカオバターや砂糖も入っているので、トロみ、甘味のカテゴリーにも当てはまりますね。

これらすべての材料を調理し、メタテとマノですり潰した後、何時間も煮込んでいき、別の鍋で煮込んだ鶏肉と合わせます。最後に塩で味を整えて出来上がり。
作る量によりますが、丸一日かかるので、本当に大変です。
日本のように、素敵な調理器具や加工品が揃っているわけではないので、材料そのままを自ら粉にしたり、焼いたりと加工していきます。その代わり、化学調味料を全く使用せず、自然な食材だけで作られおり、とても栄養バランスよく入っているので、身体にも良い料理としても知られています。

世界で初めてのチョコレート料理、“モレ・ポブラーノ”
引用元:Norma oficial Mexicana NOM-043-SSA”-2012, Servicios basicos de salud. promocion y educacion para la salud en materia alimentaria. Criterios para brindar orientacion

こちらは、健康的な食生活を研究、発信している機関が推進している健康に良い食材バランスを1皿に表しているのですが、このプレートにモレ料理の食材が各カテゴリーすべて入っていることがわかります。
このような手引きができる何百年も前から、健康的でバランスの取れたモレ料理が開発されたと思うと、考え深いものがありますね。現在では、メキシコでも健康問題が多く取り上げられており、国の課題にもなっています。私達もですが、改めて食について考え、少しずつでも何か取組めたらと思っています。

こうやって実際に訪れ体験し、文献などを読み、モレ料理について調べるほど面白い情報が出てきて、ほんと奥が深いです。どの伝統料理もそうですが、ストーリーがあり歴史も一緒に味わうことができることも醍醐味ですね。

本場チョコレート入りモレ・ポブラーノを参考に、メキシコの貴重な唐辛子を数種類使用、試作を何度も重ね、カカオ研究所オリジナルのモレソースを作りました。ぜひ日本でもこの魅力的なモレ料理をご家庭でも楽しんでいただけると嬉しいです。

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